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 某Twitterアカウントの中の人が思ったことや書きたいことを気のままに書くブログです。最近更新停滞中。
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 最近、輪廻転生について考えることが多くなったんです。というのも、今生きていることに感謝している、しているんだけどどうしても叶えられない望みがあって、だったらイチバチだけど来世に賭けてみるかなー、と。
 ええ、とてつもなく後ろ向きでございます。願いそのものは簡単、人間辞めること。或いは現状の生まれへの不満を解消された状態で生まれてそこから先は自分で生きてく。

 これらは確実に一生涯叶わぬことです。しかし、このような意見ネットでよく見ませんでしょうか。「非モテだから来世に賭ける」とか。

 何となくこれ、逆襲のシャアのシャア・アズナブルとの共通点を感じずには居られないんです。

Ξ

 シャアは、ザビ家に父親ジオン・ズム・ダイクンを殺され、(と言うより育ての親からそう聞かせられていたし状況証拠は揃っていた)THE ORIGINでは母親とも生き別れています。その後、ザビ家による迫害を受けました。そして彼はザビ家に復讐を誓い、ジオン軍に入り、最愛の人(もとい母親になってくれるかも知れなかった女性)ララァ・スンを失うなどしながら終戦を迎えます。そして紆余曲折を経てエゥーゴに入り、グリプス戦役を生き延びます。

少なくとも、この時点ではシャアはオールドタイプや地球をどうこうしようとはしていないです。

しかし。グリプス戦役から4年と10ヶ月ほどして、シャアは地球にアクシズを落とそうとします。第二次ネオ・ジオン抗争の始まりです。

 これ、ぶっちゃけるとザビ家と一緒のことをしています。(ネットで散々言われてますが)アレほど憎んでいたのに。普通は反面教師にするところだと、多くの人がそう思うでしょう。

 ここにはある病にも似たものがあります。彼はザビ家に父親を暗殺されたこととその後の迫害をやり直したかった、なかったコトにしたかったと考えられるのです。

 ガンダム世界がいくら技術が進んでいるとはいえ、某猫型ロボットが出てくる漫画のようなタイムマシンはありません。(それは今も同じですがね)

 ただ、シャアの精神はそこで止まっていたのだと思います。母性と父性、両方を失ってしまった、人にとって大切な光を失ってしまった瞬間で。だから、30過ぎようとも同じ事をやり直したかった。そこまで彼が少年期に受けた傷は深かったのだと思います。サイコフレームを敢えて提供したのはライバルであり自分が得られたかもしれない母性を奪った人、アムロに勝ちたかったというのもあるかもしれませんが、止めて欲しかったというのもあるのでしょう。そうすれば、やり直すことが出来る。
(ちなみにアクシズがそのまま落ちても、シャアはザビ家のように振舞わぬこと、父のもとに召されることで結局やり直すことが出来ました)

 コレ、来世に賭けるというのと一緒な気がします。私たちは多かれ少なかれ不満を持ちます。それは打開できるもの、打開できないものがあります。打開できるものは打開してしまえばいい。それでいいんです。では打開できないものは?

 そこにシャア同様の傷があるのではないかと思います。我々は自己肯定感を養うことを「ナルシスト」「自己陶酔」と理由を付けて避けたがります。行きすぎていれば前述の語句を使うことは正しい。しかし、行きすぎてもいない、むしろ自己肯定感が低い自分や他者に向けてこれらを使うことは「毒」です。現実を認知できていないということになります。もし自己愛が行き過ぎていたとしても、これらを蔑称のように当事者に投げかけ続ければ彼らは自己を肯定できなくなります。過ぎたるは及ばざるが如しです。
自己を肯定できないと、どんどん劣等感に苛まれていきます。そこに傷ができます。しかもそれは絶えず抉られていますから、トラウマ同様に深いのです。

 閑話休題、今の社会は「肯定」よりも「否定」に満ちています。ルックスや年収、些細な性格から身体的特徴、家柄......etc。 特に今はマスコミやネットからそういう「否定」を否が応でも取り入れなければならない。(嫌なら観るな、というわけにも行かなくなってきています) そしてそれらは変えられぬ事が殆どです。変えられるものでも露見すれば否定の矛先を向けられます。

 だったら、最初からなければいいのです。

 最初からやり直せればいいのです。苦しみと今のコンプレックスのない状態から。

 来世に賭ける、というのは耐え難い不満のある現世をやり直すこと。正しく逆襲のシャアのシャアの心理ではないかと私は考えます。

 そして、今生きる人の殆どが、自己を否定された時のショックを傷として残している気がします。それ以外の原因で傷を負う人がいることを考えると、殆どの人が傷を持っているのでしょう。それを静かに深くしつつ、隠しています。その傷の痛みに耐えられなくなった時、人は様々な形で狂います。つまり、大衆の殆どは自身が嘲笑っている存在に自らがなる可能性をごまかしながら生きています。その大衆は普段は「同じ人間」と嘯きながらいざ事が起こると狂ってしまった人を排斥しようとする狂気を見せてくれます。同類でありながら、同類を否定している。そう私は思います。他ならぬ私でさえそうなのですから。

 だから、悲しいことを減らすには、まずはそんな人間の愚かしさを否定するのではなく肯定することからしなければならないのかも知れません。そして、近くにいる人をできるだけ肯定してあげる。成功したら褒めてあげる。失敗しても頭ごなしに否定するのではなく良かった点を褒め改善点をそっと教える。それが寛容のひとつの形だと、愚考します。

Ξ

 個人的に最近考えたことと逆シャア見て(+アルファでベルチル呼んで)思ったことが頭の中でどういうわけかフュージョンしてしまい書いただけですごめんなさい。ただ、本文では書きませんでしたが「世直しなど考えていない」とか言いながら結局地球と人類のことを考えていたのではないかとも思います。少なくとも地球と人類のことがアウトオブ眼中でもなく、彼は最終的にトラウマのやり直しという二兎を追ってしまったと思います。
そこで一兎を得たかは微妙ですが、ね。

 ............何だかんだで来世に賭ける事を否定してしまったかも知れませんが何処まで若造が大口を叩こうと未だに来世に賭ける気持ちが拭いきれません困ったもんだw

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 享楽主義者で極度の虚弱体質であり、調子が悪くなると饒舌に成る特殊体質の持ち主。
 なんだかんだで3日坊主ですぐ飲めないお酒に逃げたがる割に怠惰故に逃避を拒む矛盾した人。
 平日に更新しているときは大抵虚弱なお陰で病欠の時だと思われ。
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